きっかけ










きっかけは、休日、なにげない会話のさなかに起こった。

「それでね・・・」

「ふーん」

毎日のように、交わす当たり前の会話。

「ねえ、植木って最近、面白かったことってない?」

「う〜ん。ないな」

「植木って、いつもそう答えるわよね」

「なら、森はなんか面白いことがあったのか?」

「え?あ、あたし?あたしは・・・お笑い番組が楽しかったことかな・・・」

「ふーん。それって面白いのか?」

「うん。耕助も見てみなよ」

「え?」

「どうかしたの?」

「いま、森。おれのこと、名前で呼んだ・・・」

「え?」

記憶を思い返してみる。

たしかに、自分は植木のことを名前で呼んだ。

森は、顔が赤く染まる。

たとえ、勢いだったとしても、名前で呼ぶことなどもうちょっと後にしようと考えていた。

それを、いきなり言ってしまったのだ。

自覚もせずに・・・

(たしかに、植木のことを名前で呼びたかったけど、もうちょっと後にしようって考えてたのに)


一方の植木も、森に名前で呼ばれたことに違和感を感じずにいられなかった。

(な、なんか、森に名前で呼ばれると、恥ずかしいな)

いつも、家族にそう呼ばれているのに、森からになると、違う。

嬉しい反面、恥ずかしい。

二人の間に、気まずい雰囲気が流れる。

かなりの時間、沈黙している。

先ほどまで、仲良く会話していたようには、見えない。

「どっかに行くか?」

植木が、話を切り出した。

「う、うん。そうだね」

森もその考えには納得した。

「そ、それでどこに行くの?」

「・・・」

植木が答えない。

「植木?」

「考えてなかった・・・」

「は?」

言い出したのはいいが、行き先を決めていなかった。

またもや、沈黙する。

「じゃ、じゃあさ、公園にでも行こ」

「あ、ああ。そうだな」

ほかにどこにも行くところが見つからず、公園に行くことにした。

公園に向かっているときも、会話が少ない。

森が話題を振っても、すぐに沈黙してしまう。

(どうしよ。この雰囲気)

明るい雰囲気ではなく、かなり冷めている。

(あたしが、植木のことを名前で呼んだから、こんな風になったんだよね)

森は、この雰囲気を直す方法を考えていた。


一方の植木も

(なんか、森に悪いことしてるな。さっきから話しかけてきてくれるのに・・・)

植木も場を和ませようとしているのだが、返事の仕方がそっけないせいで、よけいに冷めてしまう。


二人が、雰囲気を直す方法を考えているうちに、公園に着いた。

公園に着いたものの、何を話せばいいのかわからない。

また、沈黙が続く。

(どうすればいいんだろ)

(森にどう話せばいいんだ?)

考えるだけで精一杯である。

森は、ついに決心した。

「ねえ、植木。あたしが植木のこと、名前で呼んだときどう思った?」

「え?そ、それは・・・」

森は、植木からの言葉を待っている。

「お、おれは、いつも父ちゃんとか、姉ちゃんとかから名前で呼ばれてるけど、森から呼ばれると、恥ずかしかった」

(それだけ?)

森はどこか期待していたようだ。

「それと・・・」

「?」

「森に呼ばれると、嬉しかった。なんか、愛されているって感じがして・・・」

「な!?なに言ってんのよ」

植木のいった言葉が、あまりにも大胆で顔が赤くなってしまう。

「じゃあ、愛してくれてないのか?」

「べ、べつにそうは言ってないでしょ」

「じゃあ、言ってくれ」

「え?」

「森の口から“愛している”って言ってくれ」

「!?。な!?」

顔が真っ赤に染まる。

愛しているなどとは、簡単にいえるわけもない。

「いやなのか?」

「わ、わかったわよ」

森は、深呼吸をして、言った。

「あ、あたしは、う、植木耕助を、あ、愛しています・・・こ、こんな感じでいいの?」

「森!」

植木は、森を抱きしめた。

「ちょ、ちょっと!?」

「大好きだーーー!!!」

「そ、そんな大声で言わなくても、わかるわよ。そ、それに恥ずかしいじゃない」

「いいじゃん。本当のことなんだから・・・」

「ば、バカ!」

二人のバカップル度は、磨きを増したとさ。

おまけ

植木から離れた、森は言ってみた。

「ねえ。植木のこと、耕助って呼んでいい?」

「あ、ああ。おれも、森のこと、あいって、呼んでいいか?」

「う、うん」

二人は、顔を向き合って、深呼吸をした。

フゥー

そして、言う。

「こ、耕助・・・」

「あ、あい・・・」

名前で呼ぼうと決心したときは、ドキドキしなかったのに、いざ呼ぶときになると、恥ずかしくなった。

語尾が小さくなる。

「やっぱり、まだ植木のことは植木でいいかな?」

「おれも、森のことは、まだ森って呼んでいいか」


二人はまだ名前で呼び合っていない。

でも、この二人が名前で呼び合うときが来るのはそう遠くない。

もう、名前で呼ぶ以上の関係だから・・・

終了



あとがき
こういうネタもスキだね。わたしは・・・
小説がどんどん増えていくと、整理が大変です。
名前で呼ぶネタにしたかったけど、やっぱりまだ呼ばないみたいな感じでもいいと思いました。
でも、甘くしてみました。
以上、朔夜でした。

2004年12月7日