(嘘だろ?)

 信じたくはなかった。

 信じてしまったら、泣き出してしまいそうだったから。

 だが、無情にも、その言葉はもう一度繰り返される。

「あれ? 初めまして…じゃないの?」

 その言葉を聞いた瞬間、植木はすぐさまここから飛び出していた。

 何処に向けるべきかわからない悲しみを感じながら。

 

失い気づくもの

 

「あいちゃんが、能力者に襲われたんですの!」

「え?」

 突如かかってきた電話の声の主は、鈴子だった。

 久しぶりに仲間と会話できると思って、植木は嬉しかった。

 だが、鈴子が伝えた内容は……、信じがたいものだった。

「とりあえず、植木くんも早くあいちゃんの家にいらしてください!」

「あ、ああ」

 植木はすぐに電話を切ると、家の外へと飛び出した。

 

 

 森の家に着くと、鈴子が植木を迎えてくれた。

どうやら森は、公園で一人休んでいるところを能力者に襲われたらしい。

 偶然にも、鈴子が今日森を訪ねようとしていたため、森を探していた鈴子がその現場に直面し、大事には至らなかったらしい。

 だが、どこか様子がおかしいという。

「何がおかしいんだ?」

 植木の問いかけに、鈴子も悩んでいるようだった。

「態度はまったくいつもと変わらないんです。でも……」

「でも?」

 鈴子は植木のほうを向いて言った。

 まるで、大切なことを言うかのように。

「植木くんのことを、まったく喋らないんですの」

「えっ?」

 植木は当然知る由もなかったが、鈴子と森は女同士。

 特に鈴子は、森とよく話していたため知っていたが、森はいつも話し出すと植木の話題をよく出していたという。

 だから、起きてからまったく植木のことを喋らないのはおかしい。と、鈴子は思ったらしい。

 だが、とりあえず本人に会ってみなければ、何もわからない。

 植木と鈴子は、森がいる彼女の部屋へと入っていった。

 

 植木と鈴子が部屋に入ると、森はベッドで寝転がっていた。

「あっ。鈴子ちゃん」

 その反応は、まさしく森のものだった。

 どこか安心したのか、植木はホッと息をつく。

(何だ。どこもおかしくなんか……)

 そんなことを考えているうちに、森は植木へと近づいていった。

 いつものように、文句を言われるのか。と植木は考えていた。

 だが、森の言った言葉に、植木は絶望する。

「初めまして。えーっと、どちらさまですか?」

 森の言葉を理解するのに、植木が要した時間は数秒かかった。

(嘘…だろ?)

 鈴子も信じられないような表情をして、再度確認する。

「あいちゃん。いくら相手が植木くんだからってからかうのは……」

 そんな鈴子の言葉に、森はさして態度を変えることなく再び言った。

「あれ? 初めまして…じゃないの?」

 そして、冒頭部分へと移る。

 

 森の家を飛び出した植木は、しばらく考えていた。

(俺は……)

 自分の心に、次々と後悔が攻め寄せる。

 森を守るって決めたのに、結局守れなかった。

 森だってがんばってたのに、俺は何もすることができなかった。

 森がいつも俺を構っていてくれたのに、俺はいつも無愛想に返すだけだった。

 何だ。結局、自分が悪いのではないか。

 言うだけ言っておいて、何一つすることのできなかった自分が。

(何が、森を守るだよ……。俺は口ばっかりか……)

 

 気がつけば、植木は公園にいた。

 森が襲われたという公園はここなのだろうか。

 そんなことを考えながら、植木は近くのベンチに腰掛ける。

 だが、何もやる気が起きなかった。

 そんなときだった。

「ありゃぁ、『記憶を空白に変える能力』だな」

 突然、聞きなれた声が植木の耳に届いた。だが、植木は反応を示さない。

 気づけば、コバセンは植木の座っているベンチの近くにある木の上に立っていた。

「よっ……っと」

 やがて、木の上からコバセンが飛び降り、植木のそばに歩み寄る。

「あの能力は、限られた部分の記憶を何も無かったことにする。つまり、空白にしちまうわけだ。どうやら、森はお前の記憶だけをぽっかりと消されちまったみてぇだな」

「……。記憶は戻せるのか?」

 口に出した植木の疑問に、コバセンはすぐに答える。

「無理だな。相手の能力者を倒したところで、森のお前に対する記憶が戻ることはない」

 当たり前のようにコバセンは答えたが、それは植木をより絶望へと駆り立てることにしかならなかった。

 植木は無言のままベンチから立ち上がる。

 さすがのコバセンも植木が心配になったが、余計な気休めは逆効果だと考えた。

 公園を去っていく植木の後姿を、ただ無言で見つめていた。

 

 それから数ヶ月がたった。

 森は何も問題なく、当たり前のように学校に登校している。

 友達ともよく話しているし、先生たちとの交流もなかなかうまくいっているようだ。

 だが、植木と関わることはほとんど皆無になりかけていた。

 唯一あるとすれば、朝、帰りのときに軽く声をかわすほどのことだった。

 一方の植木は、一応学校に通ってはいたが、すでに抜け殻のような状態だった。

 友達が話しかけてきても、何も反応を示さない。

 することすることに、まるで興味が無いかのように冷めた目つきをしていた。

 数ヶ月前の植木とは、まるで別人だった。

 いつもと変わらない森。

 そして別人へと変貌してしまった植木。

 数ヶ月前まではすぐ近くの距離にまでいたはずなのに、二人の距離は完全に離れてしまった。もう、取り戻せないほどに。

「植木くん。おはよう」

 そしてまた今日も、溝が深まっていく……。

 二人の運命は、もう結びつくことは……ない。

 

終了

 

あとがき

 久しぶりに着手してみました。シリアスネタ。

 全然意味が分からないものになりかけているかもしれません。

 しかも、何気に短い……。

 さらに、『記憶を空白に変える能力』って何よりも最強のような……。

 というような、オリジナル要素が折り重なった駄作になりましたぁぁぁ!

 すいません! 20000HITしたというのに!