「……今、何て」
森は植木の言ったことが信じられなかった。
エコーとなって何度も、森の頭をよぎる。
だが、そんな森の動揺をよそに、植木はその言葉を繰り返す。
「何度も言わせんな。お前はもういらねえんだよ」
森の中の時間が一瞬で止まった。
植木の言葉に体一つ動かすことが出来ない。
「なっ、何でよ! 何で…、何で…」
こみ上げてくる涙を必死に抑えながら、森は植木に問い返す。
どんな理由であっても、森は言い返すつもりだった。
植木の才を守ること。
それが、自分の役目だと思っていたから。
「……うっとおしいんだよ。これ以上、俺の近くをウロウロされるのは」
「えっ?」
植木の残酷な言葉を聞いた森に、涙を抑える気力はもはや残っていなかった。
自然と瞼から、ボタボタと涙が流れ落ちる。
植木は、ただそんな森をひどくさめた目で見つめていた。
なぐさめる様子も、驚く様子も無い。
『勝手に泣いていればいい』。そういっているようにも思えた。
「わっ、私は……、あ、あんたのためだと思ってやってたのよ!」
森の言葉にも、植木はまったく動揺しない。
ただただ残酷な言葉を繰り返す。
「あっそ。お前にとってはどうだか知んないけど、俺にとっては大きなお世話だった」
「ッ!?」
もう、ダメだった。
森の心の中の何かが少しずつガラガラと音をたてて崩れていく。
「そんなの…、そんなの酷いじゃない! あんた、あれだけ『サンキュー』とか言ってくれたじゃない! それも嘘だったって言うの!?」
「……」
森の言葉に、植木は顔をうつむかせる。
森から植木の顔を覗き見ることはできない。
森は黙ってしまった植木に、少々の怒りを覚えてその手に触れた。
「何か言いなさいよ!」
バシッ……
「えっ?」
植木のとった行動に思わず森は驚いた。
植木の手を握った右手が、思い切り彼によって弾かれたからである。
驚く森に、植木は言った。
「触んな。気にいらねえんだよ。そのおせっかいも、笑顔も、態度も何もかもが……」
森はガックリと地面に膝をつく。
植木は、目線を写すことなく言った。
それは間違いなく、森にとってとどめの言葉だった。
「これ以上、俺に近づくな」
それだけを言うと、植木はゆっくりと去っていった。
残された森に出来ることはただ一つ……。
それは……、ただただ声を殺して泣くことだけだった。
まるで、この世の中が森一人の世界になってしまったかのように。
彼女の心は、もう真っ暗だった……。
(これでよかったんだ。これで……)
俺は最低だ。俺は人間失格だ。俺は馬鹿だ。
何度自分を貶しても足りない。
森にはあまりにも酷いことを言ってしまった。
後悔と言うものならいくらでもある。
泣き崩れる彼女を、抱きしめたくなった。
彼女の問いに、正直に答えたかった。
だが……今の自分にそれはできない。
森の笑顔が大好きだ。
森におせっかいを妬かれても、まったく嫌とは思えない。
森の態度にはこっちが勇気付けられる。
先ほど言った言葉なんて、これっぽっちも思っていなかった。
だが、言うしか他に方法が無かった。
森を……能力者たちから救うためには。
(ごめん……。森。俺……最低だ。)
植木は近くの電柱に顔を当てると、声を殺して泣いた。
自分のこの思いも、思い出もきれいさっぱりと洗い流すために。
植木の姿を写すのは、ただ一筋の月の光だけだった。
終了
あとがき
くらっ!? 久しぶりに短編を書いて見ましたが、何故か暗い。
というか、何故にこんなに暗い!?
お題のせいなのでしょうか。いや、違いますが。
別に敵に対して、森に触んな! と言えることもありますが(じゃ、そっち書けよ)
まぁ、シリアスでいいと思います。
ではでは。