あなただけが・・・











「寒い・・・」

植木たちは、学校の行事で、長野にスキーをしに来ていた。

とはいっても、長野の冬となると、東京の寒さとは比べ物にならない。

吐く息がすぐに白くなる。

ジャケットを着ているというのに、あまり意味がないようにも思える。

(スキーなんて、べつにやらなくてもいいのにな・・・)

と、植木は思いながらもスキー靴を履いていた。

まわりの人たちも、寒さに凍えているようだった。

「寒いわね。植木」

植木に話しかけてきた、森。

こちらも寒そうにしている。

「ああ」

森とは同じ班なので、同じところですべることになっている。

「じゃあ、行くか?」

「そうね・・・」

さて、外に出たのはよかったが、強い風が吹き付ける。

(寒ぃーーーー)

まずは集合地点まで行かないといけないのだが、そこまで行くのですらめんどくさい。

とりあえず、何もしてないと寒いだけなので、集合地点に向かうことにした。

「森、行くぞ・・・って、森?」

後ろを見ると、しりもちをついている森がいた。

「・・・なによ」

「森・・・ひょっとして、スキー苦手か?」

「・・・そうよ」

先ほどまで、自分に向けていた態度とは打って変わっていた。

(森がこんな風なのは、珍しいな・・・)

べつに、スキーが下手なのは仕方がない。

しかし、先ほどまでの森の態度を見ていると見るからに、すべれそうだと思っていた。

「ほら・・・」

といって、立ち上がった森に手を差しのべた。

「なに?」

「つかまれってこと・・・」

「いいわよ。べつにすべれるから・・・」

強がっているが、かなり不安定である。

(こんな状態だったら・・・)

「キャッ!」

予想したとおり、こけた。

しかし、顔から倒れそうだったので、急いで近寄って森の背中をつかんだ。

「あ、ありがと・・・」

「危ないから、つかまれって」

「いいわよ。自分ですべれるから・・・」

しかし、ふたたび不安定になり、こけた。

また、植木が背中をつかんで、止めたのだが・・・

「どこが、自分ですべれるんだ?」

「わ、わかったわよ・・・」

しばらく強気だった森もついに折れ、植木の手をつかみながら集合地点に向かった。

しかし、意外なことに植木は、すべるのがうまかった。

「植木って、うまいのね・・・」

「ああ。なんでかしらないけれど・・・」

片手が使えない状態でも、かなり足場が安定している。

ーザァッー

やがて、植木と森は集合地点に着いた。

「一応、ありがと・・・」

「おう・・・」

植木と森は、とりあえずスキーの講師の先生の話を聞いた。

「午後からは自由にすべってくださいね。しかし、あまり奥には行かないでくださいね。なにが起こるかわからないのが、雪山の恐いところですから・・・」

「はーい」

そして、班別に分かれてすべることになった。

先生の話が終わったら、すぐに植木は森の元に向かった。

「森!」

「なによ?」

「いっしょに滑ろうぜ」

森の先ほどのことがちょっと不安になって、植木は森といっしょに滑ろうとした。

「え!?な、なんで?」

「だって、おまえ、危なっかしいじゃん。だから、不安でさ・・・」

「う!?そ、それは、バカにされてるのよね・・・」

これ以上、森を怒らせたら、断られてしまうと植木は思った。

「いや、森が心配だから・・・いっしょに滑ろうと思ったんだ」

このことばを聞いた森は、顔が赤く染まった。

「な、なに言ってんのよ!」

「それで・・・いっしょに滑ってくれるのか?」

「う、うん。あ、あたしでよかったら、いいわよ・・・」

森は、頬を赤く染めながら、了承してくれた。

思わず、森を抱きしめた。

「ちょ、ちょっと!?な、なにするのよ」

「だって、森からOKもらえるなんて、思わなかったから・・・嬉しくて」

「ひょっとして、駄目もとで頼んでたの?」

「うん」

森は、意地っ張りで恥ずかしがりやのため、OKがもらえるとは思えなかったのだ。

「ねえ・・・離してくれない?」

「やだ!」

「え!?」

森は、一瞬あせった。

「なーんて、嘘だよ」

植木は、森の背中に回していた腕を解いた。

いまだに、森の顔は赤い。

「じゃあ、滑ろっか?」

「うん」


滑り出したときは、よく森はこけたが、植木が支えていたので、雪に埋まることはなかった

しばらくすると、森も少しずつ上達して、少しだけだが滑れるようになった。

「面白いわね。結構慣れてくると・・・」

「うまくなったじゃん。森」

「植木のおかげだよ・・・」

もう、森は植木と手を繋がなくても滑れるようになった。

「ねえ、植木。もうちょっと滑ってていいかな?」

もう少しで、午前の集合時間である。

そのため、森は植木に聞いたのだ。

「ああ、いいぞ。」

すると、森は滑っていった。

(まあ、森だってあれだけ滑れるようになったんだから大丈夫だろ)

植木はすっかり安心していた。


しかし、いつになっても森が戻ってこない。

(遅いなー。もう少しで集合時間だぞ・・・)

もう、森がどこかに行ってから30分はたっていた。

しばらくして、吹雪いてきた。

不安になり、森が滑っていったほうに向かった。

しかし、森の姿はどこにも見えなかった。

(どこ行ったのかな?そろそろ戻らないと・・・ん?)

雪に埋まっているスキー板を発見した。

近くによって、そのスキー板を確認する。

そこには、火野国中学という文字が・・・

植木はとっさに判断した。

このスキー板は森のものだと。

植木は、その奥へと滑っていった。

(森、無事だろうな)

頭の中はそれだけが支配していた。


ービュォォーー

本格的に吹雪いてきた。

植木は必死に森を探していた。

「森ー!どこだー!!」

探しているのはいいが、自分の体も凍えてきた。

(まずいな・・・この状況は・・・)

森が危ないということと、自分も危なくなっている。

さらに、視界は最悪。何も見えない。

そのときだった。

「植木・・・」

わずかに、森の声が聞こえた。

「森!どこだ!」

はげしい風の音で、森の声がどこからなのかを聞き取ることができない。

「植木・・・」

先ほどよりも、少し聞こえやすくなった。

しかし、森がかなり弱っているのは聞こえてくる声からしてわかった。

(はやく見つけないと森が・・・)

「植木!」

間近で森の声が聞こえた。

声のしたほうに進んだ。

すると、そこにいたのは・・・

「森!」

「う、え、き・・・」

植木は、森の体を抱きしめた。

体はすっかり冷え切っていた。

(森・・・冷たい。急がないと・・・)

とはいっても、もうすでに吹雪になっていて、視界が見えない。

そんな中、森の意識が遠のいていく。

「森!寝たら死ぬぞ!起きろ!」

「う、ん」

(くそ!どうすればいいんだ!)

すると、視界の中にあるものが写った。

(あれは・・・もしかして)

それは、山小屋だった。

姿を確認した植木は、急いで山小屋に向かった。

ーバタンッー

山小屋に入ったのはいいが、森の体は冷えたままだ。

とりあえず、植木は自分のジャケットを森に着せた。

「これでも着てろ」

「だめだよ・・・植木。着てないと植木も冷えちゃう・・・」

そうして、上着を植木に返そうとする。

「だめだ!おまえ、こんなにも冷え切ってるんだぞ。森には、生きていて欲しいんだよ!」

「でも・・・」

「おれは大丈夫だから・・・な?」

「う、うん・・・ありがと」

森は、植木のジャケットを身に羽織った。

森の顔色が少しだけだが、よくなった感じがした。

(よかったー。これで少しは大丈夫かな?)

「植木のジャケット・・・暖かいね」

「そうか?ほかのやつと変わんないだろ」

「ううん。植木の温かい心がこもってるからだよ・・・」

「な、なにいってんだよ!」

「本当のことじゃん。植木がいなきゃ、あたし、死んでたかもしれないし・・・」

それは、紛れもない事実。

植木がもう少し早く来なければ手遅れだった。

「おれは・・・森が心配だったんだ。森がいない世界なんて、つまらないだけだからさ・・・」

「植木・・・ありがと」

外は猛吹雪になっているようだった。

小屋の中は無言なのに、風の音だけが聞こえる。

小屋の中も、かなり冷えてきた。

「森、寒いか?」

「う、うん・・・」

森もかなり寒いようだ。

体が震えている。

とはいっても、暖めるものがない。

しかし、このままでは森が弱っていってしまう。

(こうするしかないか・・・)

植木は森のそばに近づき、森を抱きしめた。

「植木!?」

「これなら、暖かいだろ・・・」

「うん・・・」

森は、植木の胸に顔を埋めた。

「このまま、ずっといたいな・・・」

「おれもだ・・・」

そのまま、時間が流れる。

しかし、二人は時間の流れを感じていないかもしれない。

時が止まったわけではない。

ゆっくり進んでいるように感じるのだ。

もうすでに、外は吹雪いていなかった。

植木が気づいたときには、すでに吹雪などどこかにいってしまっていた。

「森・・・大丈夫か?」

「・・・」

森は沈黙をしたままである。

「森?おい!森?」

しかし、森は目を開けない。

(うそだろ。まさか・・・森は・・・)

最悪の状況が植木の頭に浮かんだ。

「森!起きてくれよ!頼むから・・・」

植木の目からは涙が落ちる。

そして、森を強く抱きしめる。

「森・・・おれのせいで・・・」

「あんたのせいじゃないよ・・・」

森の声が聞こえた。

一瞬は、空耳かと思った。

(こんなときまで、森の声が聞こえてくるなんてな・・・)

「あたしが、あのとき遠くまですべりに行ったからじゃない・・・」

森の声は、真下から聞こえた。

(え?)

森を自分から少し離す。

「なに、泣いてんのよ?」

「森!!!」

植木は、再び森を強く抱きしめた。

「ちょ・・・なに!?」

「よかった・・・森が生きてて」

「当たり前じゃない。植木を残して死ねないわよ。それに・・・植木がいない世界なんてつまらないから・・・」

森は、植木の背中に手を回した。


あなたがいない世界なんてつまらない・・・
だって、わたしの世界はあなたを中心に回っているから・・・
中心がなくなったら、止まってしまうから・・・あなたがいてくれないといけないの・・・
私にとって、あなたが・・・THE WORLD

おまけ

山小屋から出た植木と森。

「ところで、森は練習してたんだろ。うまくなったのか?」

「バカにしないでよ。滑れるようになったわよ」

すると、森は障害物を軽やかによける。

「どう?」

「うまくなったんだな・・・」

森は、ほめられて嬉しそうな顔をしている。

「でも、下手のままでもよかったな・・・」

「え?なんでよ!」

「だって・・・森といっしょに手を繋いで滑れないだろ」

植木は、本心からいった。

森は、その一言を聞いて、顔を赤く染める。

「あたしだって・・・植木と滑りたいからさ・・・」

「え?」

森の言葉が聞こえたと思うと、手に暖かい感触がした。

森が、手を繋いでくれたのだ。

「じゃあ、集合地点までいっしょに滑ろ!」

「あ、ああ・・・」

二人は顔を真っ赤に染めながら、集合地点に着いたらしい・・・

終了



あとがき
スキー遭難ネタ終了。以外と難しかった・・・
完成すると、とてつもなく長く感じる・・・
まあ、いい話かな・・・
以上、朔夜でしたー

2004年12月7日