「もう私に近づかないで!もう話しかけてこないでよ!」
 ついつい言ってしまった。
 こんな事言うはずじゃなかったのに、傷つけるつもりは無かったのに・・・・。
「も・・・り・・・・?」
 彼は私が殴った頬に手を当て私を見て唖然している。
 後悔はしている。
 彼にこんな事してしまったこと、全てを巻き戻したい。
 素直になれない私をどうにかしたい。
「あっ・・・ゴメ・・私」
 必死で涙を堪えながらも、自分の本当の気持ちを言いたいのだけれども、無理だ。
 今頃、本当は好きだったさっきの言葉は嘘だからだなんて言えない。
「良いよ。オレが悪かった・・・ゴメン」
 彼は俯きながら言った。
「判ってる。お前はオレみたいな化け者と付き合う気がないんだろ?というよりイヤだよな・・・」
「そんな・・・・こと・・・」
 彼は自分を攻めるように、自分が悪いように・・・。
 違う。なんにも判ってない実際は私が悪いの、全ては私の、私の責任なの・・・・。
「でさ、オレしばらくココには帰らないから・・・」
 彼はそれだけ言って、帰っていった。
 彼の顔は笑顔だった。
 ただ、顔が涙に濡れた、ハニカミ笑いだったのだけれども・・・。

 何故、あんな事を言ったんだろう。
 何故、彼の気持ちを踏みにじるような事を言ってしまったのだろう。
 何故、私は彼を引き留めなかったのだろう。
 何故、何故・・・?
 考えるだけで、胸が痛くなった。
 苦しくて、虚しくて、愛おしくて。
 最後に見た彼の顔が忘れられなくて、最後に彼の言った言葉が謎めいてて。
 どういう意味かはわかってる。
 彼がどういう気持ちかは解らなくもない。
 けど、私が彼に付けた傷は深い。
「私はバカだ・・・なんで」
 後悔したって、今頃後悔したって、なんにもならない。
 明日、謝ろう・・・。
 そう決心し、私は寝た。

「耕ちゃん・・・」
 玄関の前に少年と少年より年上らしき少女が一人。
「大丈夫姉ちゃん。用が済んだら帰って来るから」
 少年は笑って家を出た。
 少年が出た後の家は少女とその父の二人だけが残されていた。
 少年、植木耕助は、今日学校で森あいに言われたことを根に持っていた。
 彼は傷つきやすい性格であって、彼女は仲間であった。
 いや、仲間よりも深い関係になれたかもしれない。
 彼女が自分の気持ちに素直になっていれば、二人は深い関係を築けたかもしれない。
 だが、そう上手くいくものでもなく。
 彼は傷つき、彼女は後悔した。
 勿論、悪いのは彼女なのだが、彼は彼で自分のせいだと思っている。
 傷つきやすく立ち直るのが遅い。
 そして、彼を傷つけたのは、大切な人。
 立ち直る所か、彼女が謝らない限り彼は一生そのことを根に持って、暗い人生を歩みかねなかった。
「オレは、森の気持ちを考えてやってなかった・・・って事だよな・・・」
 夜道を一人。
 彼はトボトボ歩いていた。
 公園の前を通り、そして・・・。
 彼女の家の前に着いた。
「オレもバカだな・・・今頃になってこんな所に・・・」
 悲しげに笑い。
 彼は歩き始めようとした。その時。
「う、えき・・・?」
「えっ・・・?」
 彼が歩き始めようとした時。
 眠れなかったため、窓の外の星空を眺めていた彼女が話し掛けてきた。
「どうして・・・こんな所に」
「・・・」
 彼はあくまで無言で暗い顔で、そして。彼女をじっと見つめていた。
 私の顔には涙が浮かんで、そして、私は自分が喜んでいるようにも感じられた。
「あ、のさ・・・」
「・・・」
 聞いても暗い顔のままで、じっと私を見つめている。
 そんな姿の彼がどうしても寂しげで、どうしても愛おしくて。
 彼という存在は、このままにしておけば儚く消えていくような変な感じが胸を過ぎっていた。
「ねぇ、聞いてる?」
「・・・ん」
 呆気ない返事。
 でも、彼が自分の話を聞いていない事はなかった。
 いつだって、どんな時だって私の言葉に耳を傾けてくれて、私の事を見ていてくれた。
 そんな彼を私は愛していた。
 世界中の誰より、彼の事が好きだった。
「あのさ、ゴメンね・・・」
「え・・・っ?」
 急な私の発言に戸惑いを隠せない彼。
 そんな姿が、ちょっとだけ可愛くて、彼の仕草全てが私の心を癒していった。
「私、正直になれなくて、植木のこと傷つけちゃって・・・」
 涙がいっぱい零れてきて、切ない気持ちも悲しい気持ちも全てが流れ出ていくような感じだった。
 自分の全てを彼に伝えるのが無理なのは判ってる。
 けど、そんな私も彼に伝えたい気持ちを伝えることくらいはできる。
 受け取って、私の本当の気持ちを、私が、あなたに伝えたかった思いを。
「好きだよ・・・」
 この言葉をきっかけに、自分の言っている事は少しずつ意味がわからなくて、言いたい事を涙と一緒に彼にぶつけてた。
 でも、彼はそんな私の言葉を一生懸命整理しながら聞いてくれて、嬉しかった。
「森・・・」
 私の意味のわからない言葉を、気持ちを全て聞き終わった彼は、私の居る方へ手を差し出した。
「え・・・?」
「こいっ!」
 私が居るのは家の二階。
 彼が居るのは、道路の真ん中。
 失敗したら、私は間違いなく、でもないけど死ぬのではないのだろうか。
「大丈夫。ちゃんと受け止めるから」
「ぁ・・・うん!」
 私は思いっきり彼の居る所へ飛んだ。
 届くかは判らない。
 でも、彼はしっかり私を受け止めてくれた。
「え・・・あ、植木」
「森・・・」
 彼は笑顔で私の名前を呼んだ。
 その瞳には、沢山の涙が溜めてあって、でも、彼が泣く事はなかった。
 ただ、私と沢山会話して、私の言った。好きと言う言葉の返事を聞かせてくれた。
 彼の楽しそうな姿を見て、私はホッとした。
「そういやぁ。もう、カップルじゃんか」
「え・・・ま、まぁ。そうだよね」
 彼の言葉に少し顔の赤くなった自分が恥ずかしくて、その恥ずかしさがまた私の顔を赤く染めた。
 そして、彼は私の顎を手で持ち上げ、耳元で囁いた。
「ということで、確認とでもいきますか?」
「え・・・っ・・・」
 彼は私の唇に自分の唇を重ね、優しい口づけをした。
「ん?もしかして、ファーストキスだったり?」
 彼は私の頭を撫でて笑った。
「そ、そうだけど。なに?」
「いや、キス上手くないなぁ、と」
「悪かったわね」
 私たちに出会いを作ってくれたのは、まぁ、元神様なのだけれども、そんな神様に少しだけ感謝しちゃおうかな。
 とりあえずは今の植木との関係を大切にしていかないとね。
 二度と、植木の心に傷を負わせないように・・・