『上層部の人間に会って話がしたい。』
 教会の中の受付係に、ライルがそう伝えると、受付係は『少し待っていてください』と言って、席をはずした。
 不思議と、緊張感はあまり感じなかった。
 先日まで、逆らったらいけないんだ。と思っていた対象だというのに、これほど緊張感を感じなくなっているのは、きっと薙刃たち3人が一緒にいてくれるからだと思う。
 それに、今はマリエッタとリタの二人もいる。
 こういうときは、本当に仲間にありがたさを感じる。
 そして、受付係が戻ってくると、この教会からすぐのところにある、イエスズ会の本部まで来い、と、受付係の口を通して、上層部の人間は俺にそう伝えた。
 しかし、それには条件があった。
 それは…一人で来ること。
 予想はしていたが、やっぱりそうなるか…。
『ライル、大丈夫?』
 受付係の言葉を聞いていた薙刃たちが心配そうに、ライルに声をかけた。
「心配するな。俺も最初から予想してたことだから。」
 ライルのその表情に、一切の笑みはない。
 だからといって、緊張でガチガチになっているのでもなく…ただ、迫り来る時間に備えて気合を入れていると言った感じだった。
「マリエッタさん、ライルなら、大丈夫ですよ」
 マリエッタの隣にいたリタが、そう言い切った。
「…そうね。結局、私たちに出来るのは、ライルを信じることしか出来ないわけだけど…」
「いや、今の俺にはそれだけで十分だ。誰かが信じてくれているだけで、それが俺の力になるから」
 ライルの言葉に、薙刃が笑顔で言った。
「私はライルのことをずっと信じてる。だから、絶対に許されて戻ってきてね…。それで、また一緒にパンを作ろうよ」
「あぁ。約束だ。」
「私も信じてるわ、ライルくん。ライルくんは、必ず上層部の人たちを説得して、また私たちの家に戻ってくる…って」
「あぁ。約束だ」
「…ライル様、がんばって…」
「あぁ。がんばってくる…」
 ライルは薙刃たち3人と会話を終えると、教会を出て行った。
 薙刃たちは、ただ信じてその後姿を見つめていることしか出来なかった。

「ライル・エルウッド。お前にはまだ一日の滞在猶予期間が残されているはずだが、それを今日訪れたということは、もういい。と捉えていいのかね?」
 本部で待っていた人間は、見た目からしても偉そうな面々が揃っていた。
 だが、決してライルはまったく気圧されない。
「いえ、違います。今日は、その滞在期間の無期限化を望みに参りました」
「…何だと?」
 ギロリと30〜40代ごろの男性がギロリとライルを睨む。
 だが、ライルの顔に動揺も何も現れない。
 元々から、そんな男など興味はないと言わんばかりに。
「つまり、君は、ほとんど一生の間、あのパン屋で暮らしたい。と言いたいんだな?」
 別の男が、ライルにそう言った。
 ライルは、それに頷く。
「それは何故だ? 確か、君があのパン屋に送られたのは、ガルシアの情報を得るためと、ガルシアを見つけることだったはずだ。しかし、今、その目的は達成された。となれば、パン屋を出て、イエスズ会に戻ってくるのは当たり前の処置だと思うのだが」
「確かにその通りです。しかし、俺はあそこの生活で数え切れないほどたくさんの思い出や大切なものを得ることが出来た。それは、イエスズ会にいたときでも、ガルシアと一緒にいたときにも得ることが出来ないものだった。確かに『くだらない』と言われれば、それで終わりだ。しかし、たとえ他人から見て『くだらない』ものに見えたとしても、俺にとってそれはかけがえのないものに変わりはない。そして、俺は、そんな大切なものが溢れているあの場所を…失いたくはないんです」
「…それは君の我侭じゃないのか?」
「確かにその通りです。いきなり滞在期間を無期限にしてほしいという自分の願いは、本当にただの我侭です。でも、それが我侭だと分かっていても、抗わないといけないものがあるんだ!」
 上層部の人間は、聞いているのか聞いていないのかのような態度でライルの言葉を聞いていた。

続く


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