薙刃たち5人は、ライルが言った後、ライルが戻ってくるまで、その場で待機していることに決めた。
 しかし、時間が経つにつれて、皆の心には不安というものが芽生え始める。
 ライルなら、大丈夫。
 そう信じて疑っていないのに、やっぱり不安になってしまう。
「ライル、大丈夫かな…」
 薙刃が、ふとポツリと不安げに呟いた。
 鎮紅たち4人の視線が、一気に薙刃に集中する。
「ライルくんなら、大丈夫よ。それに私たちは、ライルくんを信じて待つことしか出来ないんだから…、薙刃が不安になってどうするの。ライルくんは、特に薙刃のためにも、がんばってるんだから」
 ”薙刃のために”
 言わなくても、その言葉がどういう意味を持っているのか、大体は想像が付いてしまい、大抵の人間は照れる。
 が…、薙刃はキョトンとした表情で、鎮紅に尋ねた。
「そうなんだ…。…鎮紅は、いつライルにそんなことを聞いたの?」
 薙刃の発言に、問いかけた鎮紅のほうが仰天してしまった。
 問い返したいのは、鎮紅のほうだったかもしれない。
「…誤魔化しとかじゃなくて、素で意味が分かってないそういう天然なところが、薙刃の可愛いところね。…ライルくんにとってはショックかもしれないけど」
 ”ライルにとってはショック””素で分かっていない”
 薙刃は、相変わらず鎮紅の言っている言葉の意味がつかめなかった。
 もう一度、鎮紅に尋ね返す。
「え、え? 鎮紅、私、何が分かってないの?」
 薙刃の問いかけに、鎮紅はため息をついてボソリと思わず呟いた。
「…はぁ。何だかライルくんが薙刃のことを好きになったのも、分かるわね…」
 その瞬間、世界が一瞬にして沈黙した。
「あ……」
 まず、しまった…と気付いたのは言った鎮紅自身だった。
「ど、どうして、鎮紅がそんなことを知ってるの!?」
 鎮紅に、間違いなく最も驚いたのは、薙刃だった。
 問い詰めるかのように、鎮紅に詰め寄る。
 あのときのことは、ライルと自分の二人だけしか知らないことのはずだから、ずっと胸にしまっておく大切な思い出にしよう、と薙刃は思っていた。
「へぇ…。ライルが自分のことを好きだってことは、否定しないんだ…」
 ニヤニヤと笑いながら、マリエッタは言った。
「…そ、それは…ライルから…」
 薙刃の言葉の語尾は、独り言のようにゴニョゴニョとはっきりしない口調で、マリエッタたちには聞こえなかった。
「…がんばって」
 しかし、迅伐はまるで聞こえていたかのように、薙刃にそう言った。
「う、うん。がんばる」
 薙刃自身も、迅伐には聞こえていただろうと判断して、それに頷いた。
 しかし、リタはピシッと石のように固まったままだった。
 相変わらず、この手の話はめっきり弱いらしい。
「…でも、きっとライル様なら、大丈夫」
「そうね。鎮紅や迅伐の言うとおり。…とは言っても、不安になる薙刃の気持ちも十分分かるけどね」
 マリエッタは、そう言いつつ苦笑を漏らす。
「確かに今回の立場は、ライルが圧倒的に不利です。…でも、きっとライルなら大丈夫」
 いつの間にか石化から戻っていたリタが、自信に満ちた声でそう言い切った。
 やはりリタとライルは、意見はすれ違っていながらも、お互いのことはやはりかなり理解しているようだった。
「ライルくんが戻ってくるまで、とりあえず、今は待ちましょ…。」
「そうだね…」

 そして、それから十数分後…。
 ガチャリと教会のドアが開き、そこに現れたのは、ライルだった。
 そして、そのライルの表情の変化に最も早く気付いたのは、やはり薙刃だった。
 ライルの顔には、一点の曇りもないように見える。
 …ということは
「ライル、ひょっとして…」
 楽しみにライルの言葉を待つ薙刃の様子を見て、ライルはフッと笑う。
「あぁ、許しがもらえた。これでパン屋を離れることはなくなった。…薙刃たちのおかげだよ」
「…やったぁぁぁぁ!!」
 教会の中だということをすっかり忘れて、薙刃は大声で喜んだ。
 が、すぐに
「シーーーーッ! 今、ここで騒いじゃ、ダメよ!」
 鎮紅たち4人に、薙刃はすぐに叱られた。
 現に、教会の神父さんが物凄い表情でこちらを見ている。
「だ、だって本当に嬉しかったんだもん…」
 薙刃の言葉を、ライル自身も嬉しく思った。
 …人前で堂々としていられるのが、薙刃のいいところ。
 そして、それは自分には出来ない。
 しかし、それは”無理”なわけではなく、ただただやろうとしないだけ。
 だが、薙刃はこんなところでも、迷惑とかを考えないで本当に喜んでくれた。
 …だったら、自分も、堂々とここで嬉しさを表現したい。
 やろうとしない…ならば、やろうとする、までだ。
 ライルはツカツカと薙刃の近くに歩み寄った。

「…まったく、あんたはね…」
 マリエッタは、薙刃の行動に少しため息をついていた。
「…まぁ、それが薙刃のいいところよ」
 苦笑しつつ、鎮紅は薙刃をフォローする。
「…ライル様?」
 迅伐は、ライルが薙刃のすぐ近くにいることに気付いて、疑問を浮かべる。
 迅伐の言葉で、薙刃もライルが近づいてきたことを知った。
 手を伸ばせば、簡単に相手に届くような、そんな距離。
「…あっ、ライル。いつの間に、こんなそばまで…」
 来てたの? と、薙刃が言葉を紡ごうとした瞬間だった。
 …次の瞬間には、先ほどの薙刃の行動よりも尚更、常識外れの行動が起こってしまった。
 ライルは一瞬のうちに薙刃を抱き寄せると、そのまま彼女の唇をすぐさま奪う。
「んっ…!?」
 誰もそんなことを想像してはいなかった。
 あのライルが、こんな神聖な場所で、こんなことをするなんてことは。
 されている薙刃も、呆然としている鎮紅や迅伐、マリエッタも、やはり石化しているリタもだった。
 しかも、そのキスは、よりにもよってかなり長い。
 ライルと薙刃の二人だけしか知らないことだが、最初にしたときなんかよりも比べ物にならないほどだった。
「…マリエッタちゃん、迅伐。リタちゃんを連れて、ここから退散しましょう。どうやら、私たち、この二人のお邪魔みたい」
「んぅー! んぅー!」
 薙刃が、何かを抗議しようとしているが、まったく言葉になっていない。
「ライルくん。それじゃあ、私たちは帰るから。薙刃のことはよろしくね」
 ライルの頭がコクリと縦に頷いた。
 薙刃が手を伸ばすが、それもライルに抑えられてしまった。
 そして、鎮紅は早々に教会を出て行く。
 残ったのは、ライルと薙刃…そして、怒りに震える神父の3人だけだった。

続く


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