「…ライル、反省してる?」
「…反省してる…」
弱々しげに、ライルは薙刃の問いかけに答えた。
あの後二人は、神父にこっぴどく叱られた上、教会の中という場所でやったせいで、人々の注目の的になってしまっていた。
原因は、はっきり言えば、というか、どんな理由をつけても、ライルの行動のせいだった。
「本当? それって、本心から?」
ライルの答えが信じられないかのように、薙刃は再びライルに問いかける。
「…本当に、さっきのことは悪かったって反省してる…」
それに再び、ライルは弱々しい声で答える。
圧倒的に自分のせいなのだから、強気な態度でいられるはずがない。
先ほどのライルの行動が、予想外のものだとしたら、これほどまでに腰を低くしているライルというのも、珍しいものになる。
「ふーん……。ライルを信じるよ」
ライルの答えを聞いた薙刃は、口ではそう言いながらも、ライルに疑いの視線を向けていた。
「って、何だ!? その目は、絶対に嘘だって決め込んでるだろ!?」
思わずライルが薙刃に突っ込みをいれたが、薙刃は、ライルのツッコミを完全に無視。
普通だったら、さらに突っ込みをいれるところだが、立場の都合上、これ以上強く踏み込むことはできない。
このままでは、薙刃の中で『どこにいても、ライルは危険』という方程式が定義されてしまうかもしれない。
(それだけはまずい…。色々とまずい)
ライルは、それを恐れる。
まず、いつもそんなことをするわけじゃないし、それに…本当にしたくなったときとかに、まったく出来ないと言うことにもなりかねない。
「薙刃、あのな…」
意を決して、ライルは薙刃の気分を直そうと、話しかけた。
が…薙刃はさらに無視を続け、そのまま真っ直ぐ指を向けた。
「あっ、ライル、私たちの家が見えたよ」
「あ、あぁ…」
また無視されてしまった…とライルはショックを受ける。
しかし、自分たちの家のすぐ近くまで来ていることに、ライルは少なからず嬉しさを感じる。
『私たちの家』 その言葉をまた聞くことができたのは、間違いなく自分自身、そして薙刃、鎮紅、迅伐たちのおかげだ。
何もしていなかったら、今頃この家に再び戻ってくるということは有り得なかった。
(明日から、またあの家で、毎日を過ごしていくことになるんだな…)
今までが当たり前で、そして数日間、当たり前ではないと感じた場所。
そして、今、再びライルにとって、あの家は当たり前の場所になろうとしている。
ふと、薙刃がすぐ隣で立ち止まっていることに、ライルは気付いた。
「薙刃、どうした?」
ライルが、そう問いかけると、薙刃はライルに目を向けて、嬉しそうに言った。
「えへへ…。また、ライルと一緒に暮らせるんだな、って思うと、嬉しくなっちゃった…」
その言葉を聞くと、ライルもフッと小さく笑って薙刃に返した。
「そうだな。俺も嬉しいし、これからの生活が楽しみだ」
「そうだね」
二人で立ち止まって、自分たちの家を見つめる。
薙刃もすっかり機嫌を直しているようで、ピッタリとライルのそばにくっついて…
(って、あれ?)
ライルは、小さな違和感に気づいた。
(そういえば、いつから薙刃の機嫌がよくなったんだ? まだ、疑われたままのはずだし、さっきまであれほど怒ってたのに…)
と…そこまで考えて気付く。
もし、薙刃の言動が、わざと自分の”落ち込む姿”を見るためのものだったとしたら?
…最初から、薙刃は怒ってなくて、自分の落ち込んでいる姿を見て、楽しんでいるのだとしたら…
「その顔は、ライルはやっと気付いたみたいだね」
薙刃が、そんな確信をつく言葉をライルに言った。
顔で判断されたということは、…よく感情が顔に出やすいのだろうか。と、ライルは考える。
「実は、最初からずっと怒ってなかったんだ。本当は…嬉しかった。場所が違ってたら、もっとよかったけど…」
照れながら、薙刃は言った。
「…そうか。やっぱり、そうか…」
沸々と何かが、ライルの心の奥底にこみ上げてくる。
「ら、ライル?」
薙刃に向けられたライルの目は…笑っていた。
しかし、顔がまったく笑っていない。
怒っている、完全に怒っている。
「薙刃…」
「な、何?」
笑顔で、満面の笑みで…ライルは言った。
「家入るまでに、覚悟しておけよ」
ビクッと薙刃の体が震え、額には冷や汗が浮かんだ。
嘘かどうか尋ねたいが、残念なことにライルの表情が嘘だと言っていない。
「うぅ……」
薙刃は、ただただ自分の行動を怨むことしか出来なかった。
落ち込みながら、薙刃はフッと何かを思い出す。
「…あっ、そういえば、ライルに言いたいことがあったんだ」
「何だ? 言いたいことって」
ライルには、薙刃が何を言いたいのか分からなかった。
薙刃は、そのライルの問いかけを聞いて、小さく微笑んで
「これからも、よろしくね! ライル!」
と、言った。
(何だ…。そんなことか…)
そう、はたからみれば大したことのない挨拶…。
だが、その挨拶は…今までの日常が、また続いていくという証明の言葉。
だから、ライルも微笑んで言った。
「こちらこそ、よろしく。薙刃」
人生という時間は、あっという間に過ぎ去っていく。
思い出という名の時間も、あっという間に消え去っていく。
人生には、悪い思い出と良い思い出の両方があって…人は、何故か悪い思い出ばかり憶えてしまっている。
俺にとってのこの1週間は…悪い思い出だったのか、良い思い出だったのか、俺にも分からない。
ただ言えることは…この1週間で、俺は…第三の道を進み始めたということだけ。
それが、結果的に良い道に進むのか、悪い道に進むのか、俺にはまだ分からない。
しかし、きっと、どんな道でも歩ききってみせる。
…決して、一人じゃない。…薙刃と、鎮紅と、迅伐と…。
そして未来は…。いや…まだ早いか。
俺は、決してこの道を選んだことを死ぬまで後悔しない。
それが、この道を選んだ俺に必要な覚悟というものだろう。
少なくとも、俺はそう思った。
終わり