母親が事故で亡くなって三回目の夏。
 志爛(しらん)が生まれて三回目ぐらいになる夏。
 眠るソイツの隣で俺は、居合い術練習用の刀やら銃剣やらの手入れに励んでいた。
 夏の日差しがキツク身体に差すが、刀の刀身が眩しく反射するがそんなの気にしない。
 風に吹かれて風鈴が小気味良い音色を奏でてくれる。
 大体の手入れを終え、腕を伸ばしている所で志爛は目を覚ました。
 暑かったのか、肌に僅かな汗が滲み出ている。
「どうした?」
 危険物を隅に纏めて俺は気分悪そうに起き上がる志爛を見る。
「…かさま。」
「は?」
「……かさまは、どこ…?」
 『母様』と言いたいのだろうか。
 志爛が母に抱かれ過ごしたのはものの一週間。
 コイツが退院する頃には母親はもう骨になっていて。
 短期間だけの記憶でも、子供と言うのは覚えているものなのか。
 街を歩けば母親の手に引かれ歩く子供が目に入る。
 今年九歳になる俺でも微かな侘しさと言うものがあるのならば
 まだ三歳に満たない志爛は、一体どう思うのか。
 無意識に俺は志爛の手を握っていた。
「―――…志爛、散歩にでも行くか? たまには別の道を歩こうじゃないか。」
 そう言って志爛を抱きかかえ
 …跳んだ。
 門の屋根に飛び乗り、お隣の塀に伝って走っていく。
 周囲は一瞬だけ稀有な目でこっちを見たが、やがて『いつもの事か』と視線を元に戻す。

 目的地に着いたので、走る足を止めた。
 其処は寺院。壁に多少のヒビが入っている事から、結構年季が立っている所だとわかる。
 サクサクと叢を踏みながら、ある墓石の前に向かった。
 『神剣家之墓』
 母親と祖母、その他先祖がこの墓で眠っている。
 線香やロウソクは持ってきてないから、音なく手を合わした。横目で志爛を見ると俺の真似して手を合わせる。
 しゃがみ込んで、志爛と視線を同じ位置にする。
「…これ、絶対他の奴に言うなよ?」
 悪戯をする子供みたいな笑みを浮かべ囁いて、ある場所に手を伸ばす。
 その先に、うっすらと色づき、やがてそれはだんだん色濃くなって、やや透けた人影が現れた。
 亜麻色の髪は肩ほどで、漆黒の瞳は少し鋭い。凛とした雰囲気の女性。
 食卓の棚に飾られている女性の写真と、同じ姿。
「……かさま?」
 志爛が涙ぐんで問うと、女性は微笑んだ。
 女性はしゃがみ込んで嬉し涙を流す志爛を抱きしめた。
「かさま…かさま……っ!!」
 志爛はただ涙を流した。
 母の御胸に抱かれ、たださめほろと涙を流していた。

 泣き疲れて志爛は眠り、俺はコイツをヒョイッと背負い、女性・浅見(あざみ)と向かい合う。今の彼女の姿はもう俺にしか見えない状態である。
「アナタはいいの?」
「えぇ、俺はいつでも会おうと思えば会えますし。 見えるし、会話も出来るし、コイツと比べれば幸せな物ですよ。」
 肩越しに目が腫れた志爛を見て少し肩をすくめる形で溜息を吐く。
「またお盆の日にでも来ますよ、母上。 その時には貴方の好きな花でも供えますから。」
 そう言って、古い寺を抜けて、母親と別れた。
「……本当の母親は、私じゃないのに…。」

 帰ってくる時には夕日が沈みかけていて、俺は帰ってくるなり食卓の準備をした。
 料理を一通り追えた頃には蒼伊(あおい)も部活から帰って来ていて、家族で食卓を囲んだ。
「とさまとさま。」
「お、どうした?志爛。」
「きょうね、ぼく さくらにさまといっしょにかさまにあってきた。」
「そうかそうか、また盆の日に家族で墓参りにでも行こうかね。」
「わーい、またあえる。」
 夜の下、家族の賑やかな食卓だった。