幼い時の記憶が蘇った。
 自室と言う名の檻に閉じ篭っている時代を。
 出れば出たで『化け物』と日々蔑まれ疎まれた時代を。

 それはまだ続く人生にして、一番長く、封じ込めておきたい記憶だった…。


  『真夏の夜の焔の花』


 夏の風がサワサワと髪を掠める。
 視界に映るはリビングの天井。ソファーで横にはなっていたが、いつの間にか寝ていたようだ。
 長い事眠っていたのだろう、汗ばんでいるのが判る。
「……夢か…?」
 ふと、さっき脳裏に浮かんだ映像がフラッシュバックする。
 認めたくない事実。
 封じたい過去。
 自分の心の奥底で過去の黒い感情が暴れまわる。

 オレは紅火礼、『五大五芒星一族(ごだいごぼうせいいちぞく)』とか言う霊能者間で秀でた五つの一族が一つ、上海に位置する『紅家』の嫡男にして狼男。
 小学校を卒業した直後、オレは日本へ単身乗り込んだ。
 理由はオレが通う小倉学園を護る為。
 強い霊力で善悪問わず引き寄せてしまう学校から、悪霊怨霊を祓うと言う一族直々の命令でこっちへ来た。
 正直、俺はそれを喜んだ。
 『一族から直々の命令が来た事』でもなく、『日本に行ける事』でもなく、『一族から離れられる事』に喜んだ。

 オレは一族が嫌いだった。
 十歳頃までオレは自分の力を制御できず、殆ど狼姿の形状で過ごしていた(『狼姿』と言っても人間の原型はとどめているが)。
 周囲はオレを疎ましく思った。蔑み虐げた。
 だから閉じ篭る毎日だった、『自室』と言う名の『檻』に。
 外に出ようとも思わなかった。

 力の制御が出来、道士としての才能に目覚めた途端、一族はオレに憧憬の眼差しを向け始めた。
 その視線が、たまらなく嫌だった。

「日本に来て、もう三年なのか…。」
 オレは夏の空を横目に見ながらそう呟いた。
 夕日が沈み、夜空の中に星が瞬く。
 遠くからインターホンの音がした。
 ゆっくりと起き上がり、扉を開ければ生徒会の面々が。
「…何の用ッスか?」
「今日花火大会があってさ、このマンションのベランダが一番よく見えるって聞いたんだよね。」
 副会長が缶ビール(犯罪だろ)を片手に乗り込む。
「邪魔するぜー」
 既に泥酔気味の生徒会長が部屋に上がりこむ。
「一緒に花火を楽しもうではないか火礼。」
 書記も一升瓶を手にズカズカと部屋に上がりこんだ。
「全く……。」
 オレは腹の底から深い溜息を吐き出した。
 でも、口元が微笑むように綻んでいるのが判る。
「犯罪ですよ、証拠ぐらい隠滅してくださいね?」





 で、結局
「後片付けするのオレなんスね…。」
 酔い潰れて眠る生徒会役員に毛布をかけたり、缶や瓶の処分をした。
 ベランダの向こうでは、様々な色をした炎の花が、次々と散っていった。