夜。
一人の少年は薄暗闇を黙々と進んでいた。
その姿は薄暗闇の中でも目立つ朱の髪と赤の瞳、背丈は170センチ中盤で、ベージュの上着にインナーとして黒シャツ、藍染のジーンズと、今時の高校生にも思えた(髪と眼の色を除けば、多分)。その左手には細長い筒状の袋一つ。
少年の名は、赤杜紋火(せきもりあやか)。
この西神山(にしかみやま)内での有名人が一人、異名は『赤薔薇殺し(何故そのような異名が付いたのかは定かではない)』。
市立暁中学校の生徒会副会長(もうすぐ引退)を務め、当校から手部のエースだった男は、ただある場所を目指して歩いていた。
向かい先の名前は『総合武術神剣(かばや)道場』と言う。
ついでに別名『神剣析羅(さくら)の自宅』。
先程まで彼は『析羅の忘れ物を届ける』という本題を忘れて家まで突っ走りかけ、彼等がいた所に戻ってみたがいない上に、大量の中学生チームが彼を襲う始末(それは撒いたが)。
析羅の所有物なら本人の家まで届ければ良いじゃないかと言う結論に行き着き、現在進行形で道場まで直行している。
夜道を子供一人で歩いていていいのかと言うツッコミは敢えてしない、何故ならこの西神山は夜遅くまでバイトしている黒髪碧眼のドS野郎だの、大の大人に対
しても禁句発せられれば即飛び蹴りの黒髪琥珀眼小柄少年、ピアス外せば人とは呼べない姿になる狼少年や、しょっちゅう幽霊と座談会繰り広げている日系中国
人に、ヤクザと精通しているとんでも中学生が普通に横行している地域だ、この地区で生まれ育った者の大半は異常なほどに肝が据わっている事でも有名であ
る。
その道中に変わったものが目に入った。
それは板だった。
大体ノートぐらいの大きさだろう、多少厚みのあるそれは何か懐かしい感じがした。
その名を『モバイル』。
昔、自分が能力者だった時代よく使っていたものだ。
「うわ、懐かしいなー。」
ものの数ヶ月前の話でも、何となく懐かしさを感じる辺り、違和感を感じるが、とりあえず無視。
…にしても。
「こんな所にあるって事は、誰かが落としたのかな? えーと、落とし物は交番に届け――」
言い切ろうとした所で肝心な事実を思い出す。
西神山(この場所)には、交番と呼べるものが一つもない。
何故なら警察以上に頼りになる戦闘力の強い野郎共が出歩いている場所だからだ。
自分が居候している『藤袴(ふじばかま)組』も、この地区を根城にしているのはそれゆえだ。
困った、と紋火は嘆息を漏らす。
この町の正式名称は『神山町(かみやまちょう)』、文字通り真ん中にある『中央通(ちゅうおうどおり)』を境にして東寄りが『東神山(ひがしかみやま)』、反対に西寄りが此処、『西神山』。
中央通の辺りまで行けば交番はあるだろう。
だがこの時間帯、警察に見つかれば確実に補導される。
それにこの見た目だ、警察もその気になれば簡単に学校も割り出すことが出来るだろう。
それが原因でもし藤袴組の事がバレてしまえば……。
ゾッとした。
何となくその先の事は想像したくなかったので、ブンブンと首を横に振って思考回路を現実に戻す。
それなら落とし主を探す方が良いかもしれない、何となくアテはあった。
コレが敵の能力者の物だったらもう手段はないかもしれないが、確か析羅の傍に中学生の男女がいた。そいつ等を探せば何か手がかりになるかもしれない。
だが、顔は覚えていても名前は知らない。
確か黒髪少年の方は『風野(かぜの)』と呼ばれていたような…記憶が薄い。
元来PTSD患者の脳には少し異常があり、短期記憶に長けてはいないらしい。その辺りは治っているのかなと思っていたが、見当違いだったようだ。
そんな時、遠くに影を見つけた。
続くかどうかは知りません。