紋火の居候先・藤袴(ふじばかま)組本宅から徒歩10分にある析羅の実家は、この市唯一の道場だ。
 伝えている武術が剣術・柔術・合気術・空手術・弓術・居合術・銃剣術・棒術・杖術・槍術・薙刀術と幅広い為、土地も広く、家族総出の大掃除でも猫の手を借りたいとついついぼやいてしまうほどだ。
 家の造りは藤袴組と似たようなものだが、この建物には幾百年もの長い歴史が作り上げてきた、厳かな空気を感じる。
 析羅と小学校で知り合って、かれこれ100回は超えているだろう訪問。
 今までと違うのは、
「はじめまして、風野ナエと申します。」
 隣にちょこんと座っている、この嬢ちゃんがいるという事だ。



「はい、全員集合―――。」
 そう言って家族を食卓の隅に集めるのは長男の蒼伊(あおい)さん。
 もう20代も後半に回ってそろそろ結婚とか考えるべきなんじゃないかと思われる人で、今はオレの知り合いが通っている私立高校の数学教師を勤めている。
  背丈はオレよりやや高く、亜麻色の髪と漆黒の瞳、ちゃらんぽらんでおちゃらけたオーラを醸し出しているが、壁にかけられた表彰状を見ると、高校時代は弓道 でインターハイベスト4まで上り詰めていた事があり、「見た目だけでなく教え方も上手い事から結構学校の方では評判だ」と、先程述べた『知り合い』が言っ ていた。
 そんな彼は家族と共にヒソヒソと会話を始める。
「(………志爛(しらん)、お前の知り合いか何かか?)」
「(いいえ、小学校にいませんよ。いたら目立ちますし顔も覚えちゃいますよ)」
「(そう言えば前縹(はなだ)君が暁中に転校生が来ると言っていたが、彼女がそうか?)」
「(え?でも男って聞いたよ私は)」
 静寂。
 神剣家全員は一斉に嬢ちゃんこと風野ナエを見た。
 状況が理解できず、ナエは首を小さく傾ける。
「…………え、と ナエちゃん、だっけ? ちょっと……」
 析羅の神候補・真久利(まくり)さんは軽く手招きをしてナエを呼び寄せる。
 首をかしげながらナエは真久利さんの元へ歩み寄り、ソレを確認すると、そのか細い腕を引いて現状の所真久利さんの私室となっている門下生部屋へ連れ込んだ。
 少しして、ナエの悲鳴が鼓膜を打った。




「ごめんなさいね、ちょっと失礼な事をしちゃって」
 そう言って真久利さんはナエに謝罪する。
 対するナエは頬を少し膨らませたままそっぽを向いていた。
 一体何をやらかしたんだという疑問は、確実に油を注いでしまいそうなので、そっと心の深い所に封印しておこう。
「で? この嬢ちゃんをどうしろって?」
「あぁ…こんな夜に隣町まで一人で歩くのは危ないし、かと言ってオレも人の事言えないし、藤袴組(自宅)に連れて行ったらなお生命の危険が及ぶ可能性があるしで……、明朝まででいいので泊めてやってくれませんかね?」
 そう言ってオレは家族に交渉を始める。
「いいよ別に。門下生部屋はそう狭いものじゃないし、一人増えようが二人増えようが平気だしな。」
 寛大な返事に、オレは胸を撫で下ろす。
 予想通りの回答が帰って来たので、退散しようと席を立とうとしたが
「ハイハイ待ちな少年よ。」
 蒼伊さんに腕を引っ張られ、再び座らせられた。
 「一体なんですか」と言いたげにオレはキッと蒼伊さんを睨む。
「ものはついでだ、お前も泊まっていきなよ。」
 そう言って、蒼伊さんは笑んだ。
 いい年こいた大人の筈なのに、その笑顔はやけに幼い印象がある。
 しかし、口から出た言葉に折れはあ全することしか出来なかった。