何とか弁解して背景事情を理解してくれた真久利と、涙目のナエを門下生部屋に押し入れてかれこれ十数分。
とりあえず寝なきゃならないと思い布団に入って三分。
目が、覚めた。
「…………。」
上体を起こし、暗がりの中、目を細くして辺りを見渡す。
気配は1、2、3…
――18。
(析羅を狙った、能力者か…?)
音なく立ち上がって、ベージュ色の上着を羽織ると、スッと襖を開けて廊下へ進み、すぐ近くにある土間で靴を履き、なるべく音を小さくしてガラス戸を開閉、外へ出た。
外には点々と能力者が立っていた。
鋭い殺気が、紋火を射抜く。
対する紋火は軽く眉間にシワを寄せたまま、能力者を睨み返す。
「テメェ等、何者だ? 生憎とお目当てだろうヤツは此処にはいねぇぞ。」
そう言って、紋火は道場を一瞥する。
――こんな所で戦ったら迷惑だな。
「場所を変えようや、夜と言っても、騒音出せばこの辺りのヤツはすぐ起きちまうからな。」
析羅の家から数分歩いた先にある川原。
能力者はご丁寧に紋火の後について、此処まで来た。
「最初に言ったが、今あの家には析羅はいない。 仲間と共に、味方となる能力者の元へ向かっていったよ。」
「生憎だが我々の目的は神剣析羅ではない。」
「………何?」
一番先頭にいた男の言葉に、紋火は眉をひそめた。
「我々は上からの命令で、神剣家の者達全てを殺す為に来た。」
ザァ…と風が戦慄く。
「何のために?」
「神剣析羅に、地獄を見せるためさ」
――地獄?
男は続ける。
「あの人は自分以上の地獄を神剣析羅に味わって欲しいらしい。 そのために、家族、友、そして居場所。 その全てを失って絶望して貰わなければあの人の気も治まらないそうだ。」
「その為の犠牲だな」男は軽く息を吐いて肩を適当にすくめた。
「……………。」
紋火は黙ったままだった。
「それでまずは神剣家をと思ってこっちへ来たのだが…」
先頭の男の体が浮いた。
瞬時に出された紋火の正拳突きによって。
「させねぇよ。」
男は鼻血を出したまま地面に体をぶつけ、気絶する。
能力者じゃない紋火が気絶させても、その能力は消えないが。
「絶対にさせねぇ。 その計画、此処で全てぶち壊してやる。」
コキパキと、紋火の骨が鳴った。
「ハハッ! 全て此処で計画を破壊するだぁ!? そんなの出来るわけ」
笑う中太りの男の顔面に紋火の裏拳がめり込む。
ベージュ色の上着に小さな赤い血がこびりついた。
此処でようやく能力者たちは全体から滲み出る紋火の気配が一変したことに気付く。
瞬間、紋火の姿が草むらの中央から消えた。
次にその姿を現したのは連中の群れ中央部。
一気にその群れが減少した。
能力者一人ひとりを気絶させる紋火の姿は、
まさに、鬼神。
「な…何だよ……。」
意識のある能力者は、とうとう紋火の正面に経つ男、ただ一人となった。
返り血を少量浴びた紋火の鋭い視線に、小さく声を上げる。
「何で、話によればお前は一人も殴らずに最初は話で解決しようとするって―――」
「あぁ。 そうだよ?」
紋火は笑む。
しかし、その赤い目は完全に笑っていない。
「オレだって出来ればこんな簡単に暴力は振るいたくないさ。」
「だが」紋火は笑んでいた口元を閉ざし、じわじわと最後の能力者を追い詰める。
能力者は後ずさるも、橋の脚部に背中が当たった。
横へ逃げないように、両手で進路を塞ぐ。
「オレの仲間や大事なヤツに手を出すって事なら、オレは容赦なくこの牙を向いてやるよ。」
「寧ろ、人殺しの方法知っているオレの方が析羅よりも危険かもなぁ…」声を一段階低目に、吐息のかかる距離で能力者を脅した。
能力者の目元に涙が浮かぶ。
その体は恐怖で震える。
そろそろ解放してやろうと思い、紋火は最後に言い残す。
「今回だけは許してやる。 いいか?今回『だけ』だ。」
「次に同じようなまねやらかしたら…今度は手加減しねぇぞ?」そう付け加えて、紋火は川原から立ち去った。
男は体を凍りつかせる。
彼の気配が完全に消えた後、
ペタンと、地べたに膝をつけ、冷や汗を流し、震えを増調させた。
「こ………これが、『赤薔薇殺し』の実力?」
そう言って脳裏に浮かぶのは鬼神のような身のこなしで次々と能力者を倒す紋火の姿。
思い出しただけで、顔を蒼白とさせる。
「まるで…………バケモノじゃねぇか…。」
闇夜の中、男が一人、そう呟いた。