「水雷(シュイレイ)ぃー、ちょっと来て」
 必需品の買い出しの帰り道での事だ。僕が愛おしく想うあの人は何かを見つけたのか、手招きをする。
「何ですか?蒐(あかね)、」
「コレ見て」
 彼女が指を指したのは一輪の花。綺麗な色合いをした花だった。
「あぁ・・・アネモネの花ですね。」
「知ってるの?」
 知ってるも何も・・・此花は実家の周辺でも見る事が出来るから、イヤでも名前を覚えてしまう。
「綺麗だねー・・・どうしてこんなに綺麗に咲き誇れるんだろうね」
「女神に愛されたんですよ。花になる前は」
 ギリシャ神話での話だ。

 母の高慢が不幸を招き、罰として少女は実の父を愛してしまった。
 自殺をしようとしたが途中乳母に止められ、部屋を真っ暗にして何夜か父と愛し合った。
 しかし父は相手の正体が実の娘と知ると怒り、娘を殺そうとした。
 娘はアジアの辺りまで逃げ、樹木となり、其処から生まれた少年・・・それがアドニスと言う少年だ。
 少年の美しさは女神アフロディテー、ペルセポネーをも虜にし、二柱の女神はケンカをする始末。
 結果最高神ゼウスはそれぞれ一年の三分の一共にする権利を与え、終わったかと思えば、アフロディテーの愛人である男神・アレースに殺された。
 女神は悲しみ、せめてもの慈悲をと・・・流れた血から現れたのが、このアネモネの花と伝えられている。

「そっか、結構大変な人生を送ったんだね」
「作り話なんですが・・・」
「人間が植物になるなら・・・水雷も死んだら花になるのかねー?」
 ふと視線が触れ、僕は思わず顔を赤らめる。
「名前からー・・・水仙の蕾かな?」
「水仙はちゃんと由来があるし、蕾には草冠がありますよ?」
 「そっかぁー・・・」と、彼女は眉間に指を当てて考える。再び視線を合わせると少し顔を近づけた。
「んじゃ、アタシは?どんな花になると思う?」
「そうですね・・・櫟」
「はぁ!?何でだよ・・・てかそれ木だろ!!」
「女性は樹木になると言う相場が決まっているのですよ」
 スタスタ歩く僕の後ろを、彼女は小走りでついていく。
(花か・・・)
 もし僕が花となるなら、彼女の下で最高の姿を保ち、去った所で人知れず散るのだろう。

 彼女が知る前に静かに散るだろう・・・・・・。