「うふふふふふふふふ・・・」
よく晴れた日の昼下がり。
親衛隊が出来るほどの可憐な美少女、迅伐は今日も草むらに生えていた珍しい草を主成分に薬を作っていた。
「おい、迅伐」
そこへひょっこり顔を出した金髪の少年。ライル・エルウッド。
調理場の方から変な臭いのする煙と不気味な笑い声が漏れてくる。彼は何が起こっているのか一瞬で理解した。
「迅伐!!!またお前は変な薬を」
ぼんっ!
何やら爆発したような音がしてサァッと煙が晴れた。
「うわっ、何だ?」
何とも表現のしがたい臭いのする煙をもろに吸い込んでしまい、げほげほと咳き込んで思わず床に膝をつく。
「げほげほっ、おい迅伐!!何なんだ今の煙は」
目に涙を浮かべながら調理場に立ったままの迅伐に問いかけた。
「・・・できた」
「え?」
「新しい・・・薬・・・」
「薬!?」
こくんと頷くと、くるりとライルの方へ振り返った。
「な、なんだ迅伐・・・」
「ライル様・・・。これ・・・・」
「まて迅伐。ま、まさかそれを俺に飲めって言うのか?」
じりじりとにじり寄ってくる迅伐の顔は、笑顔だった。
―――こいつ・・・絶対俺を実験台にしようとしてる・・・・!!!
「いつも言ってるだろ迅伐。自分で作った薬を人で試すなって」
しかし迅伐は足を止めることなくライルに近づいていく。
「や、やめろ迅伐!変な薬を持って近づいてくるな!!!」
「ライル様・・・」
「嫌だ。俺は飲まないぞ!!そんな怪しい薬は!!!」
「ライル、ちょっと」
「だから嫌だって言ってるだろう!だいたい迅伐、お前はいつも」
「ライル」
「俺は飲まない・・・ってあれ?」
ようやく声の主が迅伐でないことに気付き、後ろを振り返った。
「リタ!」
「ライル、何やってるの?」
やや冷ややかな視線でライルを見つめる聡明な雰囲気漂う少女、リタ。リタとライルは幼馴染で最近再会したばかりだ。リタがここに来たばかりの頃は、ライルとも挨拶さえ交わさなかったが今ではそんなとげとげしい雰囲気はなく、すっかりここに馴染んでいた。
「リタちゃん・・・これ、飲む?」
ライルににじり寄っていた迅伐は、くるりとリタの方へ向き直って、早速自分の作ったお茶、もとい怪しげな薬を勧めていた。
「こら、迅伐!リタにまで」
「リタちゃん」
さらっとライルを無視する迅伐。
「何ですか、これ」
リタがいぶかしげに迅伐の持った湯のみを覗き込む。
その色はなんとも不思議なことに、透明だった。
特に鼻を刺激するような臭いもなく、怪しい煙も立っていない。
リタは、これを水だと判断した。
「水ですか?」
「・・・・・・・・・・・・」
しばらく間があいて、迅伐がこくんと頷いた。
「何なんだ今の間は!!迅伐、明らかにお前の持ってるそれは水じゃないだろう!」
それを聞いた迅伐は不満そうにライルを見た。
「な、何だ、その顔は」
その表情にやや押され気味なライル。
じとーっとライルを見つめる迅伐。
そのやり取りをじっと見ていたリタは、これは飲まない方がいいと判断し直した。
「ありがとう迅伐さん。でもごめんなさい、私さっきお茶を飲んできたばかりなので・・・」
リタがやや遠慮がちにそう呟くと、迅伐は心底残念そうにすごすごと調理場へ戻っていった。
「ふぅー・・・。助かった。すまないリタ」
「迅伐さんが持っていたあれは何だったの?」
「ん?あぁ、薬だよ。また何か珍しい草でも入れたんだろう」
まったく、と呟いてライルがため息をつく。
「でもあれは水みたいだったわ。透明だったし、いつもみたいな変な臭いもしなかったもの」
「そうなのか?迅伐が作ったものにしては珍しいな。でもまぁ、飲まない方がいいにこしたことはない」
「そうね」
苦笑してリタが答えた。
「あ、そういえばリタ、俺に何か用があったんじゃないのか?」
ふと思い出してリタの方へ向き直った。
「いいの。別に大した用じゃないから」
「??そうか?」
本当に用事なんてなかった。たまたま調理場の前を通ったら、ライルが迅伐にせまられているのを見てついつい助け舟を出してしまったのだ。
それに、迅伐と二人きりのライルを見て、なんだかむっとしたような悲しいような複雑な気分になってしまった自分もリタは否定できなかった。
「じゃあ俺はパンの仕込みに戻るから」
「えっ?あっ、うん。そうね。じゃあまた」
「あぁ」
そう言うと、ライルは調理場の方へ消えていった。
リタはその後ろ姿をぼんやりと見つめて、はぁっとため息をひとつはいた。
どうも最近、ライルが他の子と一緒にいるのを見ると落ち着かない。
このもやもやとした気分は何なんだろう。
嫉妬、なのだろうか?
でも、どうして?
何故こんな気持ちになるの?
リタは最近自分の中で起きる心情の変化に戸惑っていた。
どう対処していいかわからず、このもやもやとした、それでいてあたたかな優しい気持ちをもてあましていた。
ライルに向けられたこの淡い想いの名前を、彼女はまだ知らない。
少なくとも、今、この時点では。
彼女がこの想いを自覚せざるをえない、ちょっとした事件が起こるのは、まだほんの少し、先のお話