「マリリーン!」
またあいつか、あの女ったらしがッ。
「何ですの、マシュー?」
植木君たちに負ける前までは絶対に見せることの無かった笑顔を、マリリンはあんなろくでなしに向けた。本当に、優しい子なんだから……でも、なんだか悔しい。こんなにも、胸が苦しい。
「今度さ、前、魚取った川行かない?またあんなでっかな魚見れるかもしれないし。」
「ええ、行きましょう。メモリーやバロンやプティングたちも一緒に。」
笑 顔を崩さぬまま、マリリンは言った。マリリンにとって、マシューのセクハラコメントを避けることは服を着るのと同じくらい簡単で、日常に定着している。そ してその度、マシューは本気で落ち込む。そして、私もそんなマシューの姿を見てため息をつく。どうしてだろう、いつからマリリンに嫉妬するような人になっ てしまったんだろう。ああ、きっとあの日からだ―――

「なあメモリー。俺、マリリンが好きだ。」
マシューの口からこの言葉を聞いたのは、今から三ヶ月くらい前―――そう、仲間の大切さを教えてくれたあの戦いが終わり、またキャリー家の使用人として働くことになった日だったっけ。
「え?」
突然のマシューの真剣な言葉に、私はそれしか言えなかった。
「本気なんだ、俺、佐野と戦ったとき、やっと分かったんだよ。俺が今まで一番大切だったものは、マリリンだって……だからさ、応援してくれねえか?」
ドンと、頭を打ち抜かれたような衝撃が、全身に走った。嫌だ。そんなの嫌だ。でも、口から出た言葉は予想を反していた。
「いいわよ、その代わり、マリリンのこと大切にしなさいよ。」
違う違う違う……そんなこと言いたいんじゃない。
「おう、サンキューな。」
マシューは満面の笑みを浮かべた。でも、それは私の傷を深めるものにしかならなくて。
「あ、ちょっと行って来る。」
マ シューはそう言って部屋を出て行った。マシューが居なくなって、私一人になった部屋は、耳に痛いほどの静寂しか残らない。ふいに、目の前がぼやけてきた。 そして、静寂の中に新たに加わるのは嗚咽。何故か知らないけど、泣きたくて仕方がなかった。ぽたぽたと小さな音を立てて涙が床に落ちる。それは染みにな り、やがて数を増やして行く。どんなに止まれと思っても、どんなに目元を拭っても、決して止まることのない涙。私は、目を真っ赤に腫らして、自らの気持ち に気付いた。ああ、私はこんなにもマシューを愛していたんだと―――。