家財も何もかもが没収され、残るは人のみとなったある日、使いにでていた侍女の奈津が血相を変えて城へと戻ってきた。
「奥方様!鹿月(かつき)様!!大変でございます!!」
「何事ですか!?奈津!!姫が眠っているのですよ!」
「申し訳ありませぬ!!しかし、此度のこと、一刻も早くお知らせせねばと思いまして・・・・」
奈津が取り乱すことは滅多に無い。常に冷静で、何かといざこざの起こりやすい、女ばかりの侍人(さぶらいびと)を幾度も宥め、鎮め、今までまとめてきた。そんな奈津のこの様な尋常ではない。
「焦らさず、早よう申せ!!」
「真相は定かではございませぬ。なれど現在、城下では奥方様をはじめ三芳家一門の者を…あ、赤子に至るまで、処刑する、らしいと・・・・!!」
夫の四十九日も明けぬ今、何かと沈みがちな彼女の唯一の心の支えは琴をはじめとする一族の存在であった。何もかも奪われてしまったが、命はある。姫さえ手元にいればこの先、どんな困難が待ち受けていようとも耐えられる――そんなことを思っていた矢先のことであった。
自分だけならば耐えられる。納得も出来る。しかし、罪なき幼子らまでに死を賜れというのは、いくら時勢とはいえ、酷すぎる。
呆然と、青白い顔で黙りこんだ主に、奈津は懸命に訴えた。
『どうか、一刻も早く、お逃げください・・・!!』と。

人知れず城を出た日。
旅路、奈津が倒れ、御仏の膝元へ召されてしまった日。
あの日も、雪が降っていた。
果てしない真白の世界はとても無常に、残酷に見えて。
なかなか融けぬ雪が、春との、穏やかな日々との、永久(とこしえ)の別れを示しているようで。
まだ、雪が降る。
けれどもこれは、春の雪。すぐに儚く消える、春の雪。
穏やかな日々は戻りつつある。
夫も奈津も、傍にはいないけれど。

「たたさま?お顔、つめたい」
琴の声に尼僧は我へ返る。
「そうね、もう春だものね。冷たいのとは、さよなら、しないとね」

区切りを、つけよう。
琴のために、自分のために。
悲しい想い出は全て、この春の雪とともに融かしてしまおう。
この雪は贈り物だったのかもしれない。他ならぬ夫と奈津からの。

どこかで鶯(うぐいす)の鳴き声がした。
まもなく、この里にも春が来る。




あとがき
・・・初の完結作品でございます・・・。
アイディアというものは手早く煮て、形作るものだということを身を持って理解いたしました・・・。
当然ながら作中の人物名は全て架空です。
実在人物のものを使うという勇気も教養もありませなんだ・・・