「…で、ここの公式を応用することでXが求まります…従って…」

四時間目の数学の時間森は、植木に話しかけるきっかけが無いだろうかと、授業中にも関わらず黒板など見もせず、外を見ながら考えていた。

…うーん、決心したものの、いつ話しかければいいんだろ。
いきなり、あいつのクラスに行って呼び出すってのもあるけど、変に思われるかもしれないし…それに恥ずかしいなんて思ってたら無理に決まってるし…

「……そうだ!」

と何か思いついた様子。

「…どうかしましたか。森さん?」

つい声をだしてしまってクラスの皆から注目される。
声を出したのに気がつき恥ずかしくなり、赤くなりながら慌てて答える

「え……あ!な、なんでもありません!」
「…?そうですか?」と先生は再び黒板に書き始める。

ふぅー……そうだよ、昼食の時間よ……植木、いつも屋上で食べてるし、それに普段は植木一人だから話しかけやすいし…よしこれでいこう…

そうしてようやく四時間目の終わるチャイムが鳴った。
森は自分の弁当とペンダントも一応持って屋上へと急いだ。


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「えーと…いるかな植木………いた…」

屋上に着いて植木がいるか辺りを見回すと端っこの方で一人黙々と食べていた。
心臓の鼓動がバクバク鳴ってる。
胸を押さえつけながら植木に近づいていった。

その近づく気配に気づき箸を止め植木がふと森の方を見た…がすぐに弁当の方に目を戻し、また黙々と食べ始めた。

……あれ?
いつもならこんな時、何か話しかけてきてくれるはずなのに、

それが無い。
森はその植木の行動に一瞬戸惑ったのだが、腹が減っているのだろうと思って話しかける。

「……ねぇ、私も一緒にここで食べてもいい…?」
「………ああ」

と、一瞬間があったが肯定の返事を森の方を見ずに答える。
またその植木の行動が気になったが、断らなかったのにほっとして、植木の隣に座る。

「久しぶりだね…一緒に食べるの」
「………そうだな」

やはり植木は森の方も見ずに答える。
やっぱりおかしいと思った森は植木に聞く。

「…ねぇ植木…どうしたの…?」
「…………なんで…」

と、ぶっきらぼうな言い方で答える。

「…だってなんだか植木元気ないし…………こっち見ようとしないから…」

と俯きながら答える森。

「………………」
「……植木?」

黙り込む植木。
心配になって植木の顔を覗きこむ。

「……どうしたの?だいじょうぶ?…」
「…………ッ……別に…なんともねぇけど」

今度ははっきりと顔を逸らされた。

「もしかして、私がここに来たから…怒ってるの?」
「……べつに」
「うそ!怒ってるじゃん!」
「…ッ…怒ってなんかねぇよ!!!」
と大声で言う。

森はそれに驚きビクッと肩を動かす。

「………そう……ごめん…変なこと聞いちゃって…」

と少し震えた声で言う。
それを見て植木はまたあの痛みが襲ってきた。
…………くそっ…
植木はそれを誤魔化すようにまた食べ始める。
だが森は箸を動かそうとしない。
しばらくお互い無言になる。


「……森…食べねぇのか…?」
「……え……うん、なんか食欲無くなっちゃて」

「……食べねぇと……後で持たないぞ…」
「……!…………うん、そうだ…ね」

植木が心配して言ってくれているんだと思い少しほっとして森も食べ始めた。


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「なぁ…森」
「ん?なに?」

弁当を食べ終わって、ボーっとしていた時、植木が話しかけてきた。

「なんでおまえは…俺のそばにいるんだ?」
「…え?…なに、いきなり?」
「だっておまえ、中一のバトルの時は俺の才を守るとか何とか言って、ついて来てたけど、いまはなんでだ?才とか減る心配ないわけだし……それに、あのバトルの前まではただのクラスメイトだったわけだろ…」
「…そ、それは……」

いきなりそんな事聞かれても、と心の中でつぶやく。
森は俯いたまま黙り込んでしまう。

「……じゃあ質問変えるけど、何でここの高校を受けたんだ?」
「え……それは……ここを受けようって最初から決めてた…から…」
「でもここってお前の好きなバレー部だって別に強くないし…お前の頭なら、ここより上の高校にだって行けたはずだろ?」

「…………」

「…なぁ…………なんでだ…?」

…植木と同じ高校に行きたかったから、なんて言えるわけない。

「………あんたが心配だったから…」
「……俺が?」

意味が分からんというような顔をする植木。

「だってあんたっていつも自分のこと後回しにして自分はどうなってもかまわないって思ってることがあのバトルで分かったし…いつもボーっとしていて、なにしでかすかわかんないし…」
「……そんなことのためにおまえはここの高校に来たっていうのか?」

「……!……そんなことってなによ、あんたのことでしょ!」

「…そうだ、俺のことだ…だからお前には関係ないことだろ」

「……ッ!!」

「……俺のために自分の将来に関わるかもしれない高校選択
を……俺が心配だったからだなんて…何考えてんだよ…おまえ…」

「………ッ」

「俺は……俺のためにお前の人生を狂わしちまうかもしれない、なんていやだし…それに…………迷惑だ…」

「……!!」

「だから…もう俺にはもう……近づくな」

「……え」

その植木の言った言葉に耳を疑う。

「いま……なんて言ったの…」

もう一度聞く、あまりにも信じられなかったから。
そして植木はまた森に残酷な言葉を言う。

「俺にもう……近づくな…」
「……!!」

今度ははっきりと聞こえた。
近づくな、と。

「………ッ」

森は自分の弁当箱を持って立ち上がり走って屋上から出て行った。


…泣いていた………でもこれで、あいつが俺のせいでなにかに巻き込まれることもないし………それに、もし何かあったら…佐野がいるだろうし…

「……これで…よかったんだよな…」

青く雲ひとつない空を見ながら一人呟く……だが、胸を締め付けるような痛みは
前よりもひどくなっていた。
昼休みが終わるチャイムが鳴っても植木はそこから動こうとしなかった。