「先輩、着きましたよ?」
 先ほどからボーっとしている彗に、秋乃は話しかける。
「ん? あ、あぁ。もう…か」
 …返事からでも、元気がないのが分かる。
 いや、元気がないというのは、間違いかもしれない。
 …何かを悩んでいる…、少なくとも自分のことではない何かのことで。
 そう、考えると秋乃の心はチクリと痛んだ。
(…そうだよね。先輩は死之神さんのことが…)
 秋乃も、未だに彗のことを想っている。
 だが、彗と円花の仲のよさを見ているうちに、その中に自分が入り込めない…残酷なことに、秋乃は自分で気付いてしまった。
 秋乃は決して、あきらめたつもりはない。
 …しかし、彗が『円花が好きなんだ』と言ったその日には、もうきっぱり諦めようと思っている。
 …円花さんはかわいい。自分よりも数倍…。
 それに、性格だって私より断然いい…。
 死之神さんにとっても、彗以外頼る人がいない。
(私って…なんて意地汚いんだろう)
 …自分で冷静になってこう考えてみると、とっくに勝ち目がないことは分かっている。
 それに、円花さんのことを考えても、彗さん以外いない。ということも分かっている。
 それでも…諦められないのは、単なる女の意地…なのだろうか。
 ふと、彗の向こう側にいる円花に秋乃は視線を向ける。
 円花も、彗とは似てそこまで変わらない何かで困ったような表情だった。
(…そうだ)
 秋乃は妙案を閃いた。
 彗と結ばれないのなら…せめて二人を結ばせる手伝いぐらいはしよう…。
 秋乃は、そう決心した。

「……」 
 いくつかアトラクションに乗れば、気持ちがすっきりすると彗は思っていたが、それは間違いだった。
 ジェットコースターでも、フリーフォールでも…何に乗っても心がスッキリしない。
 その原因のほとんどは、円花だった。
 遊園地に入ってから、ずっと悩んだ顔をしていて…それは今も続いている。
 気にならないわけがなかった…。
(どうしたんだ? 円花)
 …彗にはまったく心当たりがない…わけじゃない。
 もしかして…と思って、今日の朝のことを思い出す。
(確かに…強引すぎた。…でも、それで…なんで悩んでいるんだ?)
 先日、きちんと自分の思いを円花には告げた。
 『好きだ』…と
 人間と死神…だとか
 人間の寿命は死神の何分の1だとか…。
 決して、幸運は訪れないだとか…
 …しかし、そんなこと関係はなかった。
 俺は、円花のことが好きだった。
 そして、それだけは誤魔化すつもりもない本当の気持ち…。
 彗の言葉に…円花は顔を赤くさせながら、少し困った顔をして言った。

『私は、死神…なんですよ?』
 …構わない…
『…年をあまりとらないんですよ?』
 …年なんて関係あるかよ
『それに私は…』
 あぁ…。もう、うるさい。
 彗は円花を引き寄せ、力強く抱きしめた。
 円花は驚いて、凄まじい力で対抗し始めた。
(さすが死神…)
 などと思ってしまったが、離すつもりはまったくなかった。
 その代わり、円花に再び彗は言った。
『死神だとか、人間だとか…関係あるかよ。俺はお前が好きなんだ! 死神としてのお前も…学校で一緒に勉強しているときのお前も…家に一緒にいるときのお前も』
 その言葉で、円花の抵抗はピタリと収まった。
 その代わり、円花は不安そうに彗に問いかける。
『本当…ですか?』
 …あぁ
『いつもの、悪戯…じゃないんですよね?』
 …悪戯でこんなことが言えるかよ…。
 言葉がスラスラと出てくる。
 …これが、自分のひめていた思いとかいうものなのだろうか…。
 しばらくして、円花の問いかけがやむと、円花は彗の胸に顔をうずめた。
 そして、震える声で…円花は告げた。
『…私も、彗さんのことが…』

「…先輩?」
 気付くと、秋乃が心配した表情で彗の顔の近くまで身体を寄せていた。
 彗はビクッと身体を震わせたが、秋乃だと気付くとホッとして胸をなでおろした。
「な、何だ。秋乃か…」
 彗の物言いに、秋乃はプクーと面白く無さそうに言う。
「…酷いですよ。先輩。何だ…なんて」
「い、いや、悪い。考え事してたから…」
 首を横に振りつつ、彗は秋乃に謝る。
 …この程度で済めばいいが…
 などと思ったときだった。
「…それはそうと、先輩。話があります。ちょっと着いてきてください」
 と、秋乃は急に真剣な表情で言った。
「え?」 
 彗はそうとしか、声を上げれなかった。
 と、同時に円花の方へと視線を向ける。
 …円花の体は震えていた。
 いや、身体だけではない。顔もだった。
 まるで、何かに怯えているかのように…。
「別にいいけど…その代わり、円花も連れて行ったらダメか?」
「…別に構いませんよ?」
 彗の言葉に、秋乃はすぐに答える。
 だが、円花の身体が何故か余計にビクッと震えていた。
 彗にはそれが…分からなかった。

第五話へ