「…不安なんだ」
「…何が不安なんですか?」
秋乃が聞き返す。
そう、秋乃が聞きたかったのは…不安ということではない。
何に対して…不安なのか。という問題だけだった。
「…円花。…ちょっと離れててくれないか?」
彗は円花にそう言う。
よほど円花には聞かれたくないらしい。
円花もそれを感じ取った。
そのためか、一瞬悲しげな表情を見せたが、すぐに
「はい」
と、言ってそそくさとその場から離れていった。
残されたのは彗と秋乃の二人だけ。
今までの秋乃だったら、両手を挙げて喜んだことだろう。
…だが、今日の秋乃はいつもの秋乃ではない。
自分の思いが届かないのなら…、せめて彗が幸せになれるように…と決心をして、ここまで来ていたからだった。
「…悪い」
特に理由もなく、彗は謝る。
「気にしないでください。彗先輩」
秋乃はそう返す。
しばしの沈黙が訪れる。
彗は、言葉を選んでいる様子で…秋乃はただ彗の言葉を待っているだけだった。
そして、しばらくして…彗が口を開く。
「…円花が、自分の中だけで不安を抱え込んでいないか…ってことが不安なんだ」
そう、彗の不安はそれだった。
円花はいつも明るく元気だで、そして、強い。
…だからこそ、彗は不安だった。
円花は…ひょっとして人間の自分と付き合うことがとても不安なんじゃないのだろうか。
…彼女は死神だ。
彗には分からない悩みがきっとあるに違いない。
…だが、円花の悪いところは…それを自分の中だけで抱え込んでしまうことだ。
表情にも出すことなく、態度にも出すことがない。
…しかし、無理に画していると分かれば…これほど痛々しいものはない。
彗の不安はそれだった。
「…なるほど。だから、死之神さんを離したわけですね」
秋乃は、円花をこの場から遠ざけた理由を納得した。
円花がここにいて、こんなことを言えば「不安なんてない」というに違いない。
いや、円花だけではなく、この世の人間の誰もがそうだろう。
…誰が、人が自分のことを不安がっているのを、気のせいだと言おうとしないものか。
彗は、きっと円花に隠してほしくなかったのだ。
それは、一人の友人として…。
そして、円花の彼氏として…だろう。
秋乃は、少し悔しかった。
…彗先輩に、これほど心配されている円花のことが。
だが、表情に出しはしない。
「…隠してると思うか?」
彗の問いかけに秋乃はすぐ…
「はい」
と、答えた。
彗はあまりの即答の早さに、一瞬唖然としたが、もう一度聞きなおしてみる。
「…なんで分かるんだ?」
「誰だって、誰かと付き合い始めたときは、とても不安だと思います。例えば、風邪は引いてないだろうか? とか、嘘ではないか? とか…そういう不安はいくらでも、誰にでもあると思います」
…秋乃は断言する。
自分に誰かと付き合ったという経験はない。
…しかし、恐らく自分と彗が付き合っていたとしたら、不安なことだらけだったかもしれない。
「……」
彗は何も言わずに頷く。
どうやら、秋乃の意見を理解しているらしい。
「それじゃあ、先輩。ちょっと死之神さんだけ連れてきてくれますか? …ちょっと二人だけで喋りたいことがあるんです。彗はちょっとはなれた場所にいてくれればいいですよ?」
秋乃から、オーラっぽいものが出ている。
彗は一瞬不安になったが、すぐに…
「あ、あぁ」
と言った。