彗は、円花の元へと向かう。
 比較的簡単に、円花の姿は見つけることが出来た。
「おい。円…」
 声をかけようとしたとき、思わず声が飲んだ。
「ひくっ、えぐっ…」
 …円花は泣いていた。
 隠れるように、誰にも見られないように…小さく。
「……」
 彗は、ただ呆然とその光景を見つめていた。
 原因は即座に分かった。
 自分が抱いていた不安のことでだ。
 …きっと円花は、自分のせいで俺に迷惑をかけている…、などと思ったに違いない。
 自分にも厳しい円花のことだ。
 曖昧な態度をとっている自分が悪い…知らないうちに、彗さんと縛り付けていた…。などと考えてしまったのだろう。
 いや、それならばまだいい方かもしれない。
 やっぱり、彗さんとはずっと友達のような関係でいるべき…
 所詮は、人間と死神。…付き合うことなんて、最初から不可能だった。
 …円花の考えはそこまで及んでいるかもしれない。
 そこまで考えが到達すると、彗は走り出していた。
 自分に何が出来るか分からない…。
 余計に、円花を傷つけてしまうかもしれない。
 …でも、好きな奴が泣いてるっていうのに…ジッとなんかしていられない。
 …自分に何が出来るか分からないが、せめて自分なりに全力を出してやる。
 そう、決心をして…円花の元へと走った。

「円花!」
 人通りの少ない道だからか、彗の声は遠くまで聞こえた。
 その声を聞いて、ビクッと円花は反応を示す。
 ゴシゴシと右手で目を擦り、必死に涙を隠そうとする。
「あ、彗さん」
 あくまでも、彗に向けるのは笑顔。
 だが、先ほどまで泣いていたことを知っている彗には痛々しい以外の何者でもなかった。
 円花を抱きしめて、あやしたくなる…。
 だが、そんなことは出来ないのは分かっていた。
 …円花を安心させること…。
 それは、ちゃんと自分の気持ちを伝えることだと彗は考えた。

「秋乃がお前のこと、呼んでるぞ」
「え? 秋乃さんが…ですか?」
 円花は不安そうな顔をする。
 やはり、彗にはそれが何故か、わからなかった。
「あぁ。何か、二人で話したいことがあるんだそうだ」
 その言葉を聞くと、円花は彗の顔を不安そうに覗っていた。
 彗が疑問を浮かべた表情になると、円花はすぐに視線をそらす。
「わ、分かりました。…それじゃあ、行ってきますね」
 と、言うや否や、円花は彗の横を通りすぎようとする。
「円花」
 円花が自分の横を通り過ぎる瞬間、円花の片腕を彗は片手でしっかりと掴んでいた。
「? 彗さん?」
 どうしたんですか? と、円花は言葉を続けようとした。
 しかし、それはもはや不可能になっていた。
 次の瞬間には、彗の唇と円花の唇は重なっていたからだった。
 人通りが少ないせいか、周りの音が綺麗に聞こえてくる。
 そして、しっかりと伝わってくる相手の唇の感触。
 相手の鼓動ですら、聞こえてきそうだった。

 一瞬とも言えない、短い時間が過ぎ、ゆっくりと彗の唇が離れていく。
 彗の視界に最初に写ったのは、円花のポーッと呆然とした表情だった。
 そして、しばらくすると、顔を真っ赤にさせながら口をパクパクとさせ始めていた。
「す、彗さん。い、いきなり何を…」
 円花の様子を見ていると、思わず彗も キスしたんだなぁ…と恥ずかしくなってしまった。
 顔が赤くなっていくのを自分でも感じた彗はやけくそのように言った。
「何でお前が泣いていたか、俺には分からないけどな、自分の中だけで不安を抱え込まなくていいんだぞ。俺はいつでも相談に乗ってやるし、甘えたかったら、いつでも甘えさせてやる。少しぐらいは…かっこつけさせてくれよな。お前は一人じゃないんだ。俺が寿命近くになるまで、俺はお前しか好きにならないし、お前も俺しか見るな!」
 バツが悪そうに、彗は言った。
 もう、顔が真っ赤だった。
 誰にも今の自分の顔は見られたくなかった。
「……」
 彗の言葉を聞いた円花は、再び呆然とした表情になったが、すぐに表情を戻し、笑顔で
「はい!」 
 と、元気に答えた。
 もう、その笑顔に悲壮感は込められていなかった。
「ッ…。秋乃が待ってるから、早く行ってやれ!」
 恥ずかしさを誤魔化すため、彗は言った。
「はい。…彗さん。一つだけお願いしていいですか?」
 円花は今から言うことが恥ずかしいのか、視線を合わせたり逸らしたりを繰り返していた。
「何だ?」
 恥ずかしそうにしていた円花だったが、勇気を振り絞って言う。
「…その、さっきの続き、…帰ったら、してくれませんか?」
「は?」
 …思わず声を上げる。
 円花の顔はすでに茹蛸状態だ。
 自分の顔も、赤くなっていくのが分かる。
 だが、円花が答えを求めているのが分かった彗は、やけも入った状態で…
「…か、帰ってからな」 
 と、答えた。
 すると、円花は嬉しそうに…
「ッ…。はい!」
 と、答え、笑顔で離れていった。
 彗は、真っ赤になった自分の顔が早く冷めるようにと、願うばかりだった。

続く

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